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Dec 8, 2021
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抽象化の限界を提起した上、建築レベルと都市レベルから物質性の重要性を論じ、最後にデジタル技術がもたらす物質性の可能性を挙げる。
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Space Design
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Architecture
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Jan 3, 2023 07:52 AM

はじめに

コロナ渦で、実体性、物質性の伴わないコミュニケーションが主流になった。また、メタバースの概念が文化圏のみならず、一般人にも普及している今、仮想空間での生活が現実世界を完全に代替できると考えている人も少なくない。
一方、モダニズムの機能性・合理性を重視する理念が現在まで引き継がれた結果、世界中の都市では新築建築が次々と建てられ、老朽したものがいとも簡単に倒壊されていくパターンに同化している。こういった建築を消費商品としてみなす消費主義的な考え方が浸透していて、人は服を買い替えるように引っ越しを繰り返す。今となって「特定の建物に愛着を持っている」人が極めて少なくなった。しかし、こういった物質性との完全な断絶は果たして望ましいのだろうか。
本文では、抽象化の限界を提起した上、建築レベルと都市レベルから物質性の重要性を論じ、最後にデジタル技術がもたらす物質性の可能性を挙げたい。

抽象化の限界

16世紀に、形式主義のムーブメントにより中世まで建築デザインを抽象化・形式化した理論が立てられた。それが20世紀まで伝承され、特にモダニズムの動きの中で様式(form)が抽出し論じられ、それに伴い装飾は否定された。ユニバーサルスペースというすべてのシチュエーションに適応しようとしている理論は、まさに経済的、機能的合理性を極めた産物である。しかし、クリストファー・アレグザンダーはそれらに対し、「機械論的合理主義の世界観は、日常世界を形成しているリアリティを人々の日常から乖離させてしまい、あたかも架空の世界に棲む人間のようにしてしまう。」と、現代社会の人間と住宅の普遍的な関係性の弱さを鋭く指摘した。抽象化・理論化は需要を満たすため大量生産が必要だった近代では重要なアプローチであった。しかし、都市が飽和しつつ、持続性と個人の豊かさの重要性が問われる現代では、理論と様式以外のアプローチが必要になった。

建築の物質性の重要性

建築が工業製品の中でも特殊的なところは、人間、地域、文化と密接に結びついている点にある。
文化的・歴史的な側面から見れば、建築の物質の存続は文明の継承という重要な意味を持っている。ヨーロッパでは古代から近世まで社会の発展とともに、古い建築を倒壊するのではなく、骨格を残したうえで再利用、拡張するほか、スポリアという部品を寄せ集めて活用する方法で新しい建築を作ってきた。例えば、西ローマ帝国が崩壊しつつある時期に、古代ローマの大建造物を軍事要塞として再利用する例がたくさんある。最初にローマ帝国の皇帝であるハドリアヌスが自分の霊廟として建設したマウソレウムは、後の時代で軍事要塞サンタンジェロ城として改築、強化され、今では博物館として利用されている。また、フランス革命の直後、キリスト教が権力を失うとともに財産として建築が様々な用途の建築に変えられた。修道院がほとんど監獄として使われ、教会などが工場に変えられた。このように、昔の人間は古い建築を巧妙に継承、再利用してくれたおかげで、私たちは2000年前の人々が作り上げた文明を研究することができた。もし昔の建築は戦争と社会変動の中で倒壊、建て替えされていたら、現在と昔の歴史的繋がりが酷く影響されたに違いない。
人間的な側面から見れば、ある建築が建て替えられた時、それと接続した記憶と文脈がともに消えてしまう運命にさらされる。もちろん、写真や模型など残せば記憶がともに伝承されていくと思っている方もいるが、建築を構成する物質性と空間性が残されないかぎり、記憶は変質してしまうと考えている。なぜかというと、人間は物質と空間にしか痕跡を残すことができなく、そして痕跡は人間と建築を結びつく媒体である。ヴィクトル・ユゴーのアパルトマンでの、あらゆる接触の跡を残すビロードやフラシ天の布の使用はまさにその考えを反映している。また、ペーター・ツムトアの著書『建築を考える』でも同じ見方が記録してある。「すぐれた建築は人間の生の痕跡を吸収し、それによって独特の豊かさをおびることができる。」たとえ大量生産されたものであっても、ある人間とつながりを持っているのがその特別な個体であり、抽象化された理論ではない。言語では言い表せない物質性がある限り、媒体・記号を通してマテリアルを残すことはできないと思う。

都市の物質性の重要性

陣内秀信は著書『都市を読む*イタリア』の中で、都市組織(urban tissue)という概念を提起した。都市組織を空間(都市)の広がりの中で様々な要素が織りなす組織体のことだと定義した。この定義下で、「tissue」を織物だと捉えると、都市は強い構造(都市の骨格を形成する境界線・枠組み)によって支えられ、その中弱い構造(分布する建物など)が建て替えられたとしても、骨格が歴史の痕跡を継承できる。一方、「tissue」を「血管」のメタファーとしてとらえると、都市とは時間性を持つ生命体で、新陳代謝を繰り返しながら動的平衡を保っているとみなすことができる。これはまさにメタボリズム的な考え方で、どの時刻の状態でも前の段階の都市の文脈が辿れる。
パリを例として挙げると、パリの都市の変遷は、既有の市壁という強い骨格の上で拡張されていくという動的成長の歴史である。現在となってもところどころ歴史の痕跡が刻み込まれ、壁に沿うために平行四辺形に建てられた建築や、車道に転じた堀などから、昔のパリが継承されている。

デジタルファブリケーションが示したマテリアリズムの可能性

モダニズムの土台を築いた本『モダンデザインの展開』の中で、ニコラウス・ペヴズナーは工業化の機械生産による装飾を批判していた。装飾と被覆がだんだん復権している現代でも、機械生産より手作業のほうが価値が高いという理念が社会に溶け込んでいた。しかし、工業製品の質と多様性・操作性が保証され、環境にやさしい新材料によるデジタルファブリケーション技術が発展しつつある現在、そういった観点を見直すべきだと考える。なぜかというと、デジタルファブリケーションにより、建築家が個別性・自由度の高い設計に実体・素材を付与するハードルが一気に下げられ、16世紀以来分断されたデザインと建造の過程は再び統合されたからである。
ここで、ネリ・オックスマンのデジタルファブリケーションと合成生物学を統合した3Dプリントパビリオン「AGUAHOJA」を紹介したい。「AGUAHOJA」の素材はセルロース、キチン、ペクチンなど菌と植物由来の自然素材を合成生物学の技術を用いて作られた生体高分子複合材料である。その材料は、環境適応なうえ完全にリサイクル可能である。建築作品のほかに、ネリ・オックスマンは環境とのイントラクションが可能な自然素材を用いた服装作品もいくつか作り上げた。こういった素材の使いは、マクロな視点から見ると持続性が高く環境にやさしい、ミクロな視点から見ると個体性と物質性と特性も持っている。未来の工業製品は、デザイナーたちが素材をベースに職人の視点に立つことによって製作されていくのだろう。
AGUAHOJA
AGUAHOJA

おわりに

以上述べた通り、建築・都市の物質性の重要性が高く、またデジタル技術によって新たな可能性が持たされた。現代社会で人間はだんだん物質から断絶されるようになったが、マテリアルに立ち戻り、人間、社会と建築の関係性を再考するべきだと考える。

参考資料

クリストファー・アレグザンダー,『パタン・ランゲージ 環境設計の手引』,鹿島出版会,1984
クリストファー・アレグザンダー,『ザ・ネイチャー・オブ・オーダー』,鹿島出版会,2013
陣内秀信・大坂彰, 『都市を読む*イタリア』, 法政大学出版局, 1988
ニコラウス・ペヴズナー, 『モダンデザインの展開』, みすず書房, 1957
ペーター・ツムトア, 『建築を考える』, みすず書房, 2012
 
水空間がもたらす感覚と体験緻密な論理的分析から溢れ出すヒューマニズム的な温もりーテッド・チャンの17個の小説を読んで

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